日本から中国に渡り、10年ものあいだ中国・深セン(深圳)の製造現場で奮闘している藤岡社長が出版した本です。
深圳という都市が急激に成長する姿を身近で見て、そして中国人の気質を熟知していることがよく分かる、濃い内容の1冊でした。
「ハードウェアのシリコンバレー深セン」に学ぶ−これからの製造のトレンドとエコシステム
20代の若いころから海外の製造現場を相手にタフな折衝をし、語学力を身につけるだけでなく交渉力や中国人・台湾人の国民性を知り、ビジネス展開力を培ってきた人の言葉には重みがあります。
理論では解決できない、現場ならではの泥臭いやりとりや、騙すか騙されるかの人間関係が日常茶飯事のように繰り返される様子が手に取るように分かりました。
中国人と取引をすると「契約書が意味をなさない」「納期が守られない」「正論を言うと逆ギレされる」… それを見越して性悪説でビジネスを組立てていく必要があるそうです。
日本人ならば「こんなんじゃやってられないよ」と多くの人が匙を投げる展開だと思うのですが、それでもくじけず深圳に根ざした中国の製造企業として生き残っている不屈の姿はすごいと思います。
「高付加価値商品を投入することで、失った市場を取り戻す」と日本の企業はよく考えがちだけど、歴史を振り返ってみると、同じカテゴリの商品ならばコストパフォーマンスに優れた低スペック商品の方が市場の支持を得ていることが分かります。
本当に高付加価値路線で成功した製品とは、単に性能を上げただけの製品ではなく、皆があっと驚く奇抜なアイデアを実装して市場を切り開いたiPhoneのような商品だけです。
これからも「売れる商品」のトレンドとしてはそうなっていくのでしょう。
「安かろう悪かろう」というと粗悪品のように聞こえますが、そういう製品はともかく、
深圳では「合格点以上に品質を上げない、お買い得な商品」なレベルの商品が数多く出ており、先進国でもそれで満足する人が市場では多数派となっています。
こういう本を読むと、僕らが当然と思っている「常識」というのが絶対的・普遍的なものではないことが良く分かり、ハッとさせられます。
「約束を守る」とか「義理を果たす」という行為が正しいとされるのは、あくまで自分が生きている小さな日本社会の中での話です。
人間として生まれつき当然備わっているべき道徳観ではありません。
「正しいと思っていたことが通じない世界がある。しかもその世界は日本より何倍も大きい」という現実を知るにつけ、自分が身につけてきた常識はほんとうに局所的に有効なだけに過ぎないものなんだな、ということを教えてくれた良書だと思いました。