作者:上村崇 フリーランスのIT系エンジニア
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WordBenchはプーチンではない


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↑これに釣られた。「オレ関係ないし」ていう態度で通そうと思ってたのに…
炎上してもいいや。

ブログで個人レベルで持論を展開しても何も変わらないと思う。
だけど書いてしまう。(他に共感してくれる人がいるかも、という気持ちで書いてしまう。負け犬の遠吠え的なものだけど)
WordBenchコミュニティを去った自分としては言う権利もない、というか辞めた会社を悪く言うようなもので姑息な気がするが、去ったから逆にこれ以上失うものはないし誰かの顔色を伺う必要はないので好きなように書ける。

権力のある人の鶴の一声でサイトは閉鎖されるし、コミュニティは消滅する。
だからWordBenchはどうあるべきか、とか論じてもあまり意味はない。権力の力関係で決まること。
WordBenchを続けてほしいならば関わっている人たちと議論を交わすのではなく、三好さんを持ち上げること。
行動規範についても「そのとおりですわ。すばらしい!」と言うこと。

「WordBench は誰のもの?」という問いかけに対しては、「三好さんのもの」です。(現時点では)
最初にそこに気がつくべきだった。「関わったみんなのもの」とか言うから「自分にも変えられる」とか「議論の余地がある」とか思ってしまう。
「コミュニティはみんなで作り上げるものです」とかきれいごとを聞かされていたから「自分も主体的に参加できる、自分も主張していける」と勘違いさせられてしまっていた。

「WordBenchがなくなる」とか「行動規範が出てくる」とか、なにかモノが勝手に変化を遂げるような感じで表現する人が多いけど、そうじゃなくて、すべては権力を持ってる人が決めてること。
異論があるならば「WordBenchをなくそうとしている人」とか「行動規範を出してきた人」に対して直接言わないとダメ。
主体をあいまいにしてふんわり議論をしようとするから結局決まらないし変わらない。そしてそれが「大人の議論」であるという空気。
「誰のせいなのか?」をはっきりさせるべき。
国会でも、アメフトでも見られる「オレ傷つけたくないし傷つけられたくもないし」ていう感情のせいで核心に届かない。

取り巻く人々の「今までありがとうございました」という違和感。
自分たちのコミュニティを壊されて「ありがとうございました」という気持ちは僕にはない。
「何してくれんねん!」て怒るところじゃないのかな?
日本人ぽい忖度を感じる。

三好さんが「自分はコミュニティをコントロールできる」と思ってるからWordBenchを終わらせて権力を誇示したいということだろう。知らんけど。
「WordBenchは関わったみんなのもの」という意識があれば、こういう力づくな終わらせ方はしない。
自分の思い通りにならないから権力を発動して、関わった人たちを困らせる。「ざまあみろ」と。

自分自身しか信じられるものはない。
組織の一員になっても、自分が偉くなければ(影響力を発揮できなければ)、自分の主張が通らないので自分のしたことが結局無駄になったりする。

後悔していること。
最初からWordBenchという名前を使わなければ良かった。そうしたら偉い人に気を使うことなく、自分の思うままにコミュニティを運営できた。
WordBenchのサイトにアップした記事、なくなるんだったら書かなきゃ良かった。

最後に、WordBenchは10年しか続かなかったのでプーチンではない。

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