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2004年の日記

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  カテゴリー ‘思うこと’ のアーカイブ
ITに関すること、草野球のことなど。
2月
2012
2

半年間のサーバーインフラエンジニア生活を振り返る

2011/8~2012/1の半年間、大手IT企業の下請けインフラエンジニアとして働きました。
この間でいろいろ感じることがありましたので記録しておきたいと思います。
このまま何も残さないのはもったいないと思いましたので。
 
プロジェクトに参入した直後のブログエントリも過去に書いています。泣きごと言ってますが…w
7月の終わりからサーバーインフラ関連のフルタイム案件に従事しています。 » うえむ日記

 
 
サーバーインフラの仕事は昔やったことがあったのですが、かなりひさしぶり(7年ぶり)だったので、インフラエンジニアの流儀も勝手もほとんど忘れていました。
そもそも、その7年間に技術も進歩しています。ですので昔のことを覚えていたとしても通用しないことが多いです。
それなのになぜかインフラエンジニアに返り咲いてしまいました。
なぜ、僕みたいなブランクが長い人間を雇い入れる必要があったのか、と不思議な気持ちでしたが、それだけ人材不足ということなんでしょう。
それとも安い値段で請け負ってくれる人材がいないからなのか…
 
実際に働き始めて、驚くことがいっぱいありました。
というかつらいことがいっぱいでした。
 
 

社員と下請けの格差が存在する

もちろんそんな格差があることはどこの現場でも当たり前なんですが、いままで経験した職場とは、また違った格差があったので戸惑いました。
賃金とか福利厚生面で差があるのはまぁ仕方ないですが、社員と同じプロジェクトを力をあわせて進めているのに、社員と同じ設備が満足に使えないという状況でした。
そうなると、どうしても社員との生産性に差がついてしまいます。
 
しかし、そんな事情は実際は鑑みられず、各個人それぞれに与えられたタスクは平等なので、だれしも同じ生産性を求められるし、社員も下請けに対して自分たちと同じくらいの成果を求めてくるので、とてもつらい状況でした。
社員と下請けの労働単価は違う(もちろん下請けの方が安い)のだから、コストパフォーマンスで言えば下請けは社員と同じパフォーマンスで働かなくてもいいのでは?と思ったりもしますが、一度現場に入ると、そういう理論は通用しません。
そういうわけで、このゆがんだ状況を打開しようと思うと、どうしても時間でカバーしていくしかありません。
ということで下請けだけワーク過剰になっていく状況が生まれました。
 
ちなみに設備面での格差とは以下のようなものです。
・社員は社内無線LANを使えるが、下請けは使えない(有線LANのみ)
・提供されるパソコンが社員のものより旧機種であり動作がトロい。
・下請けに貸与されたパソコンは社外持ち出し禁止なので、データセンター作業など社外へ
 行く用事があるときは別のPCを持っていく必要がある。(毎回データの移し替えとかしないといけないので面倒)
・社員のイントラネットワークには、社員は自宅からでも繋げられるが、下請けは自宅から繋げられないので
 休日作業においてはわざわざ常駐先の会社に出勤して社内ネットワークに繋げる必要がある。
 
 

大企業も厳しい状況に追い込まれている

7年前、同じような下請けという立場で、プロジェクトに参画したことがありました。
その当時と今と比べてみると、大企業といえど明らかに余裕がなくなってきているというか、いろいろと苦しい状況になってきていることを感じます。
これは多分、数年間のブランクがあった僕だからこそ分かったことで、連続勤務していて緩やかに締め上げられている社員の立場からだと気づきにくいことかも知れません。
 
・一人あたりの仕事量が多くなっている。
 昔は5人くらいで10台のサーバーの構築や運用をしていましたが、今回は数人で
 60台くらいのサーバーを構築しないといけませんでした。
・他のプロジェクトと掛け持ちの社員が多くなっている。
 社員は2プロジェクトをかけ持っている人が多いです。それだけ仕事しないと稼げなくなっています。
 
以前と比べると、会社の体力がなくなってきています。
1プロジェクトあたりの案件受注額が下がってきているので、社員の高い給料を維持しようと思うと、仕事をかけもちさせたり、より多くの仕事量をさせたりしなければならなくなっています。
単純に一人あたりの作業量を増やすことで、会社を維持しようとした結果そうなっているように感じます。
 
日本の厳しい雇用規制の下では、社員の給料を減らしたり、解雇したりは簡単にはできませんので、苦しい会社の台所事情を改善するために、やはり1人あたりの作業量を増やすのが一番手っ取り早いのでしょう。
 
企業が利益を上げ続けるために取れる、それ以外の解決法としては、
・作業効率を上げて、同じ時間でたくさんの作業をこなせるようにする
・もっと付加価値の高い仕事をする
くらいしかありません。
しかし、これらにはなかなか手を出せない大企業の悩みがあります。
 
 

作業効率を上げられない大企業

大手IT企業だから最先端なことをやっているだろう、すごいことをやっているだろう、というとそんなことはありません。
歴史が長い会社は、過去の資産をうまく捨てられず、簡単に新しい技術に移っていけない事情があったりします。
 
・今でもWindowsXP とOffice2003の環境を使用している
 いいかげん早く新しい環境に移行して欲しいと思いますが、移行となると旧環境と新環境の共存期間
 が発生してしまうので、例えば操作手順の説明が1通りではすまなくなる、などで余計なコストが
 かかることになります。
・LotusNotesをコミュニケーションツールとして使っていますが、前近代的ですこぶる使い勝手が悪い。
 メールの保存領域が200MBしかないので、すぐに容量がいっぱいになってしまいます。
 社内掲示板の領域も200MBなので、それを超えると掲示板に書き込みできません。
 
最近流行っているクラウドを利用すれば、コミニュケーションの取り方や、ファイルの扱い方などでもっと効率化できることもあるのではないかと思いますが、それはそれでセキュリティが心配だとかで受け入れられないのでしょう。
新しいツールの使い方をすべての社員に教育しないといけないのもコストがかかります。
オンラインでつながっているメンバー同士で同時にドキュメントを編集できたら便利なのにそれができません。
メールソフトは強制的にNotesを使わされますが、このソフトの時代遅れ感がハンパなくて、窮屈な使い方しか出来ません。
 
仕事の進め方も古いままで、実際のサーバー設定作業に先駆けて設計書を量産するので、その作成工数とメンテナンス工数が甚大です。
顧客がそこまでのドキュメントの納品を求めていなくても、いままでの流儀でやってきた請負会社のやり方があるので、手間がかかっていても誰もNoと言えません。
プロジェクトの単価が高かろうが安かろうが「最初から作るべきドキュメント」として組み込まれてしまっています。
例えば数十台のサーバーを構築する場合、共通の設定なのでマスター1つメンテしておけば足りるものがありますが(例えばNTPの設定など)、
サーバー設計書はサーバー毎に数十個用意しないといけないので、同じ内容なのに多くの設計書をメンテしなければならなかったりします。
 
 

イノベーションを起こせない大企業

さきほど書いたように、大企業ほど過去の資産やしがらみをひきずってしまう傾向にあるので、全く新しい価値を生み出すイノベーションは起こしにくいことが分かります。
クラウドが流行ってきている今、何億もするサーバーをオーダーメイドで作っていられる時代もそう長くは続かないでしょう。
ログの保管とか、不要ファイルの定期削除とか、DBのバックアップとかを今は個別に設計して作っていますが、これってほとんどどんなサーバーでも要件は同じはずなので、雛形を作っていれば本来はいちいち工数かけて個別に作り込む必要はありません。
しかし今のオーダーメイドの仕組みだと、顧客に請求できる工数が増えれば増えるほど儲かるので、そのへんあまり効率化せずに力作業でこなしています。
 
 

これからサーバーメーカーは淘汰されていくか

僕はかつて携帯電話メーカーの組込みシステムの仕事をしていました。その携帯電話メーカー(鳥取三洋)は京セラに統合されました。
その後携わっていたカーナビのメーカーも、神戸の工場は撤退が決まっています。
いずれもその業界のトップシェアをもつメーカーではありません。
トップの企業は、業界自体が衰退してもそのまま逃げ切れることが多いですが、後塵を拝する2位以降の企業はトレンドの波に飲まれやすく、時代が変わるとすぐに消滅の危機にさらされます。
僕が勤務していたサーバメーカーも、日本ではトップシェアを持っていません。
本家米国では業績は好調ですが、日本法人はどんどん売上が下がってきているので、この先何も変われないままだとまた大幅なリストラか、企業まるごと日本から撤退する可能性もあるのではないかと思います。
 
ちなみに日本でのサーバーシェアトップの富士通に関する記事が最近出ていました。
 
富士通の3万人SE職務転換大作戦は成功するのか? – GoTheDistance
http://d.hatena.ne.jp/gothedistance/20120122/1327208557
 
インフラエンジニアも転機を迎えているのは間違いないと思います。
 
ああ、僕はどうやって生きていこう…

9月
2011
17

WordCampKobeにスタッフ兼スピーカーとして参加しました。

9/11に開催されたWordCampKobe2011にスタッフ兼スピーカーとして参加しました。
いろいろと貴重な経験をさせてもらい、WordCampおよびWordPressについて考えるよい機会にもなったので、ブログに残そうと思います。
とても長くなってしまいましたが…
 
 

WordCamp実行委員会発足

2011年5月のWordBench神戸(勉強会)で、WordCamp神戸が立ち上がりました。
WordCamp発足の場にたまたま居合わせただけでなんとなくスタッフになりました。特に動機はありません。
立ち上げ時にいたメンバーは10人くらいでした。
 
 
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8月
2011
14

7月の終わりからサーバーインフラ関連のフルタイム案件に従事しています。

ご報告が遅れました。
カーナビの案件が3/31で終了し、その後特にフルタイムの仕事が決まらず小さい仕事をこなしていましたが、7月後半から別の案件に誘われてそちらの仕事に従事しています。
しかし、今までと違い、業務開始直後にいろいろと難題が出てきましたので苦労しております。
 
仕事はサーバーインフラの仕事です。この分野の仕事は2004年を最後に関わっていなかったので、すっかりブランクが空いておりました。
もはや7年前の仕事なんてきれいに忘れております。当時の技術と今の技術も違います。
 
発注形態は、よくある多重請負で、
ユーザ→大手ベンダー→下請けA→下請けB→自分
という構造です。
 
下請けAは、以前私は社員として勤務していたことがあり、まぁそのつながりで7年ぶりに一緒に仕事することになりました。社員としてではなく、下請けの技術者として。
 
リーマン・ショック以降、大手ベンダーの懐具合も苦しく、外注となる下請け会社の技術者の数を絞り込んで、社員だけによるプロジェクト推進が行われるようになってきています。
以前はベンダー社員と下請け技術者の割合が1:1くらいのプロジェクトが多くありました。例えばベンダー社員20人に対して、下請け20人とかですね。
それが不況になって仕事が減った結果、外注を雇うほどの仕事量がなくなり、社員だけでも十分こなせる量になったわけです。
そのときに放り出された外注はどこにいったのか分かりません。転職を余儀なくされたりまったくお門違いの業界に転向したのかも知れません。
 
そして最近、ようやく景気が底を打ってきました。
ベンダーも外注を雇い入れないとこなせない仕事量にまた戻ってきつつあるのですが、一度離れた外注技術者を呼び戻すのが難しくなっています。
ましてやベンダー技術や製品を詳しく知るお抱えSEを迎え入れることはかなり困難です。
 
そんな、業務に最適な技術者がすぐに見つからない状況を反映してか、
かなり昔に似たような業務を経験したことのある私に声がかかったのでしょう。
まぁまったくの素人よりは使い道があるかも知れませんが、同じベンダーの仕事に7年ぶりに戻ったところで、今の技術でバリバリやれるというには程遠い技術力です。
 
しかし世間は厳しく、そういう事情であっても参入直後から即戦力として働くことが期待されます。
ベンダー側は人集めの苦労をあまり知らないので、外注として投入された人は今まで通り自分たちの業務をよく知っているし、すぐにバリバリ仕事してくれると思っています。
また、下請け会社の営業は人集めに苦労しているなどということはあまり口に出せませんから、ベンダーに対して、
「いままでどおり優秀な人材を確保して参りました!」と言います。
 
そういうひずみが、参入直後になって明るみにでることになります。
今回のプロジェクトの構成員はベンダー社員8割、外注技術者2割ほど。やはり不況前よりも社員の比率があがっています。
そんななか、自社製品をよく知るエキスパートたちと同じ土俵で仕事することになります。
私が入った一日目からいきなり製品のテストをやらされることになるわけですが、これがもうまったく使い方が分かりません。
 
そしてプロジェクトリーダーが「なんでこんな使えない人材をよこしたんだ」と言い出しクレームになります。
私は社員からの冷たい眼差しを受けながら過ごすことになります。
ちょっとこれはつらい状況です。
 
私にできることは今の仕事をできるだけ早く覚えることしかありません。
勤務時間はめちゃくちゃ長くはありませんが、早く社員の技術レベルに追いついて一人前の仕事をこなさなければなりません。
仕事以外の時間でも仕事の不安がたえずよぎり、休みの日でも落ち着かない感じでした。
 
こんなつらい状況を続けるくらいなら、自分に合わない仕事と割りきって、プロジェクトを抜けるという選択肢もあります。
しかし下請け会社にとっては代わりの人材がいないためとにかく私に頑張って続けて欲しいと思うわけです。
そんな大人の事情が交錯するので、自分で進路を決められない状況になってしまいました。
 
よって自分に課せられた使命は
・とりあえず辞めないこと。
・ストレスはあるが、それをできるだけ溜めない形で仕事を継続すること。
・優秀な成績は納められないし、それをしようと思うと体を壊すので、落第点をとらないぎりぎりの合格点で
 なんとかやっていこうとすること。
かなと思っています。
 
ということでいろいろありまして、来年1月あたりまでは続くプロジェクトなので、自分なりに工夫してやっていくしかないです。
もっとも、途中で辞めさせられるかも知れませんが…
 
自分の今後の仕事のスタンスとしても改めなければなぁと思ったりします。
・声がかかった仕事はなんでも屋のようにハイハイ引き受けるのではなく、自分のスキルと照らし合わせて
 できる/できないを判断すること。
・「知らない技術でも、勉強になるのだからとりえあずやってみる」という考え方は若いうちは良かったが、
 おっさんの歳になるとそういうスタンスは非効率であり、報酬も上がらない。
 新しいことより、今までの経験を活かすような仕事を優先すべき。
 
今回のプロジェクトが無事終了したあかつきには、「いい勉強になった」と言えるのかも知れませんが、
そのあとこの分野で引き続き同じベンダーの仕事で継続していくことは自分の技術的にも難しいので、今回については最初の選択で誤ってしまったなと思っています。
そういう教訓は今後に活かしたいと思っています。

3月
2011
28

近況報告

3月末で現在勤務しているカーナビの現場を離れます。
4月以降の次の仕事決まってないし、たぶんすぐに決まることは無いと思うので少なくとも4月は自宅待機でしょう。
 
定収入は途絶えますが、いろいろやりたいことや、やり残していることがあるので、この機会に整理してみます。
同時に、何かお仕事の話ありましたら連絡いただけますと幸いです。
 
IMG_0782.jpg
 
 
現在月-金で通っている、カーナビ開発(組込み)の仕事
3月末で契約満了。
いつも契約している会社の営業さんに次の仕事を探してもらっているが、今のところあまり感触は良くない。
震災の影響で、製造系は部品調達が困難だったり、工場が稼動していないなどの影響で、生産が停滞している。
組込製品に載せるソフトウェアもそれを受けて次の開発がトーンダウンしている模様。
現在は、ソフトウェアに関して言えば組込みよりも業務系、Web系の方がまだ働き口がある気がする。
どちらにせよ組込系は将来性なさそうなので、そろそろ自分のキャリアから抹殺したい。
 
2年前に開発したフリーの野球スコアブックソフト「WebScoreRevolution
これは趣味でやってるんだけど、この1年くらいあまり時間が取れなかったので開発が停滞している。
ガラケーでスコアを付けられるようにケータイ対応は一応しているが、世の中ではスマートフォンが
思いのほか早く浸透してきたので、ぜひスマートフォン対応をしたいと思っている。
このスコアブックソフトに関連する、野球チーム用ホームページ作成サービス「やきう.com」を立ち
上げており、数チームは有料契約してもらっているので小遣い程度の稼ぎはあるが、これで生計を
立てるほどには至っていない。
→ スマートフォン対応したら使ってくれるチーム多そう!?
 
スポンサード検索の分析サービスが作りかけ
Yahooスポンサードサーチ結果に掲載される検索順位を時系列で視覚化するためのサイト。
去年から作っているWebサイトが作りかけでまだリリースできてない。
5月中くらいまでにはなんとか作り上げたい。
リリースされたら使いたいと言ってくれている店舗はあるが、どれくらいヒットするかは未知数。
まぁこれも小遣い稼ぎ程度と今は思っておこう。
月1000円程度で有料プランを用意する予定。
 
保育ランドおあふから依頼されている仕様変更いくつか。
まだ全部の要求にこたえられてないのでその続きを。
ここの園長さん、これからもいろいろ事業を展開していこうとしている元気な方です。
 
和歌山出張
去年ストップした仕事のケツ拭きが残っているので、4月か5月に数日の出張が入ると思う。
・去年の開発時にいっしょに仕事していた人が会社を退職。僕が後始末をすることになってしまった。
・だいたい去年した仕事なんて覚えてるかい?思い出すの大変という話。
・作業は残っているが、予算は去年使いきってしまったので新しい予算は降りない。
・公共工事だが、当時お金が余っていたから作っただけという予算消化目的の案件。
 そのため誰も利用したがっている人がいない。
…という、非常に後ろ向きかつ不毛な仕事ですわorz
 
5月にやる勉強会
プレゼン資料作らないと。2ヶ月先なのでまだ時間ある。
マイミクのグランパホワイトさん主催の勉強会。20人くらいの参加を想定。またアナウンスすると思います。
 
TOEICでも受けるか…
英語できないとダメだよねぇ。やっぱり。
これも思ったより早いスピードで英語化社会が到来している。
もはや英語は趣味というより、職業スキルとして必須のものになりつつあるのでスピードを上げていかなければ。
 
 
自分で作ったサービスが軌道に乗って、在宅で仕事ができるようになったら最高なんですが、現状はまだそこまで
ビジネスとして成り立っていないので、SIerやメーカーの下請けといったサラリーマン的生活をやらないとまだ不安定です。
自分の中でやりたいことはいっぱいあるのでヒマになることは無いのですが、収入にならないことばっかりなのでこのギャップをどうやって埋めていくか。
独立して生計立てている人はつくづく立派だなぁと思います。

3月
2011
17

いま、西日本でできること

東北地方太平洋沖地震でいろいろ混乱が起きています。
関西に住む僕は、正直何をやったら良いのかよく分かりません。
関東のように節電をする必要も無いみたいだし、買いだめも起きていないので買い物を控えるということも特に必要無い気がします。
 
そんなときに読んだのがこの記事。
首都圏のみなさんへ:西へ行こう:Kenn’s Clairvoyance – CNET Japan

電力、交通、住居、食品、物流、医療などのライフラインにかかわるような職業に従事していない、とくにいわゆるデスクワークのひとたちは、おそらく仕事を通じて困っている人を助けることには、直接的にはほとんど貢献できないと思う。自分の仕事をふりかえってみて、自分という存在の「救済への貢献度」と「資源の消費量」を比べてみて、後者のほうが大きいと思ったなら、短期間でも思い切って西日本へ行くというのは、社会への貢献のかたちといえるのではないだろうか。

東西での電力の融通はほとんどできないから、西日本で電力を節約することは、役に立たないどころか日本経済全体の萎縮効果を考えれば有害とさえいえる。西に行ったひとたちは、思い切ってのびのびと働き、暮らせばいい。西日本は、そういった企業をどんどん呼び込めばいい。かつてぼく自身も経験し、各方面からの支援によって阪神大震災から立ち直った西日本は、これからは日本を元気にしていくためにも、むしろたくましいナニワ商魂を発揮していくべきときなのだ。

 
この記事を書いた江島さんの会社は、すでに西日本に会社を移動して営業を始めています。
節電で開発拠点ごと西日本に移動 パンカク「長めの開発合宿」
 
また、横浜の町工場では停電の影響により困ったことになっています。
東北・関東大震災により中小・町工場の製造業に影響が出ています。横浜から今の現状を書いてみます。:susi-paku website
 
西日本は被災地から遠いので、直接的な貢献はできにくい。
でも、地震の影響を受けていないのだから、西日本は経済をまわすことに専念すればよいのではないか?
と思うようになりました。
 
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首都圏にいる人たちは、
・本社機能を西日本に移転するなどして、労働力や中枢機能を西日本にシフトする
・西日本出身の人は、地元に戻って働く
ことが有効だと思います。
 
西日本にいる僕達としては、関東の仕事を受けることで貢献できます。
納期が迫っているが停電で思うように仕事ができず困っている会社もきっと多いんじゃないかと思います。
そんなところでお手伝いが出来るでしょう。
 
僕はフリーランスのIT技術者ですが、IT系職種の場合はあまり場所を選ばないで仕事が出来るので、
関東からの仕事ももちろん受けることができます。
 
来月4月からはぶっちゃけ仕事が決まっていないので、自分の営業目的という側面もありますが(笑)、
東日本の仕事をすることでなんか貢献できないかな、と考えています。
プログラミング、ソフト開発の分野で貢献できると思います。
技術経歴についてはここに書いていますが、Webシステム関係のプログラミング(PHP)とか、
C、C#の開発とかできます。
組込み製品の開発キャリアもありますが、これは実際に開発するモノがないと仕事ができません。
遠く離れたところで一人作業するのには向かない作業だと思います。
実際に、組込み製品の開発は技術者が1つのオフィスに集まって集団で作業します。
 
プログラミング主体じゃなくても、データ加工的なことでもOKです。
結果的にVBAなんかでプログラムを組むかも知れませんが、例えば今まで手作業でやっていたExcelデータの切り貼り
作業を自動化して別のデータフォーマットに変換するという作業なんかもお手伝いできます。
 
西日本で出来ることをやっていきましょう。

11月
2010
13

英語学習に役立ちそうな動画サイト

英語の学習用に、役に立ちそうな動画サイトをいろいろ調べました。
 
TEDは博識ある人のありがたいスピーチが聞けるサイトで、日本語字幕がついている動画もいくつかあり、楽しみながら英語学習ができるうってつけのサイトと言っていいでしょう。iPhoneアプリもありこれがとても便利です。
 
201011122326.jpg
 
 
Yapprは動画と同時に英語と日本語両方の字幕が見れるようになってます。
 
201011122330.jpg
 
こんな感じで。
 
201011122333.jpg
 
 
EnglishCentralも似たようなサイトで、英語や日本語の字幕を出してくれるみたいです。
辞書と連携してるんかな? こっちの方がYapprより機能は多いかも知れません。
 
201011130025.jpg
 
 
あと、YouTubeは自動的にキャプションがつけられる機能があります。
英語の動画はこのオプションをつければ英語字幕付きで見られます。
YouTubeに自動キャプション機能が開発された : ライフハッカー[日本版]
http://www.lifehacker.jp/2009/11/091121youtube_6.html
 
 
僕はどうしているかというと、現在はiTunesでダウンロードしたTHIS AMERICAN LIFEなんかのPodCastオーディオコンテンツを通勤時間中に聴いているのですが、やっぱりちゃんと聞き取れないことも多いので、実際にどんなセンテンスを喋っているか英語キャプションを見ながら会話を追いたいなぁという気になりました。

そのためには動画サイトから動画をダウンロードしてiPhoneで見ればいいや、と思ったので、このようにいろいろ動画サイトを調べた次第です。

 
ただ、日本語字幕だとまた僕が求めるものとは違うんです。英語字幕で見たいのです。
日本語字幕だと、英語でどんなセンテンスを喋っているのか分からないままだし、日本語に脳内変換しないと意味が取れない弱点があります。
英語をモノにするためには、たぶん日本語にいちいち訳していてはダメで、英語を英語のまま理解する必要がありますので、日本語字幕ではなく英語字幕の動画を探していたんです。
 
この英語字幕という条件と、「ダウンロードしてiPhoneで見られる」という条件を両方満たすサイトは、英語学習に特化したサイトには存在しませんでした。
YouTubeの自動英語キャプションは非常に魅力的でしたが、このキャプション機能は残念ながらPC用のネイティブ機能だけみたいで、iPhoneにダウンロードして見たらキャプション付いていませんでした。(泣)
 
 
ということで、最終的にはこういう形でiPhoneで見ることにしました。
・YouTubeで英語字幕の動画を探す。(ただしYouTubeの自動キャプション機能で付けられた字幕ではなく、動画提供者があらかじめ字幕を入れて編集したもの。)
・動画をダウンロードする。
 → しかしiPhoneにはYouTubeアプリはあっても、Appleの規制によりダウンロードできるアプリは無いので、JailBreakしてMxTubeを使用。
 JailBreakしてない人は、代替手段としてPCでYouTube動画をダウンロードしてそれをiPhoneへ手動転送するという形でできると思います。
 
これでなんとか英語字幕付き動画を持ち歩くことが出来るようになりました。ちょっと手間ですけど。
 
ちなみに、YouTubeで”english subtitle”で検索すると英語字幕付きの動画が絞り込めます。
これに加えて、”steve jobs”などの有名人でさらに絞り込めばスティーブ・ジョブズの英語字幕付きスピーチが手に入るというわけです。

10月
2010
14

家庭保育園の教材

家庭保育園という子供向けの教材があります。
妹が5年くらい前にヤフーオークションで落札したものですが、そのときの落札額で7万円くらいしたそうです。
定価は20万円弱もするものだそうです。
 
201014IMG_7041.jpg
 
子供も成長し、教材が必要なくなったので、この教材をオークションで売って欲しいと頼まれました。
教材の量はそれなりに多く、ダンボール箱2箱と、白板があり、合計で50kgくらいあります。
でもこれが定価十数万円とは…
数年前だったらこういう高価な情報商材も売れていたのかも知れませんが、現在のような倹約の時代にこんな教材のニーズがあるのだろうか…?
と考えてしまいます。
似たような教材を書店などで個人的にバラで書い集めたとしたら、たぶん1万円~2万円程度で揃うのではないかと思います。
では高価な情報商材との価格差はどこで生まれるのか? それは何らかのブランドであったり、その道で有名な先生が推薦していたりといった何か付加価値がもちろんあるのでしょう。
でもそれだけでこの価格差を埋めるだけの理由になるとは思えません。
数年前にこのような商材が売れていたのは、それ以外に「高ければ高いほど良いもの」という価値観が少なからずあったからではないでしょうか?
 
今は「安ければ安いほどよい」という、デフレ時代の価値観が支配しています。
そんな状況でこういう教材の需要があるのだろうか…
とりあえずヤフオクには出してみますが、大した値段がつかないような気がしています。

10月
2010
7

カーナビ専用機はやがて滅ぶ

asahi.com(朝日新聞社):スマートフォンにナビ機能 パイオニア・ドコモが来春 – デジタル機器 – デジタル
http://www.asahi.com/digital/av/TKY201010050369.html
 
ドコモとパイオニア、カロッツェリアのAndroidカーナビアプリ – ケータイ Watch
http://k-tai.impress.co.jp/docs/event/ceatec2010/20101005_398194.html
 
ドコモ ドライブネット、「ゴリラプラス」などカーナビ展示 – ケータイ Watch
http://k-tai.impress.co.jp/docs/event/ceatec2010/20101006_398342.html

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こないだGoogleマップナビのニュースがありましたが、ドコモとパイオニアもスマートフォンをカーナビとして使う計画を明らかにしました。
 
日本の道路事情は国産のメーカーの方が良く知ってるし、ドコモはケータイキャリア首位だから、おそらくこれは強者連合となる可能性が高いです。ですが、次々に新しい発想で攻勢をかけてくるGoogleは、また別の角度からカーナビの新しい使い方を提案してきそうです。面白い戦いになると思います。
 
こうやって、カーナビ専用機はやがて滅びる運命でしょうね。今私が従事しているカーナビ開発の現場では、TRON系OSのガラパゴスなシステムを使っておりますが、こういうカネがかかるアーキテクチャはもう採算が取れなくなってくると思います。
今回のようなニュースに、F社の影が一つも見えてこないところを見ると、もうあの会社も時代に取り残されたままゆっくりと衰退して行くことになるのかなと思います。

8月
2010
30

とてつもない日本

息抜きに日本オワタ系のエントリを。
 
パナソニック採用の8割外国人 大学生就職深刻になる一方だ (1/2) : J-CASTニュース
http://www.j-cast.com/2010/06/20069022.html
日本人は給料高いし、英語できないし、解雇しにくいから必然的に外国人頼りになりますよ。
こういう状態になっているときに、雇用規制を強めて派遣社員を社員として雇うような規制を
作ってもたぶん意味がないんですよね。
 
大失業時代”到来!大企業が続々と日本を捨て海外逃亡 働くモノニュース : 人生VIP職人ブログwww
http://workingnews.blog117.fc2.com/blog-entry-3056.html
来るよ!大きいのが!
 
揺らぐ国債消化の仕組み 貯蓄率低下で買い支え困難に (1/3ページ) – SankeiBiz(サンケイビズ)
http://www.sankeibiz.jp/macro/news/100802/mca1008020501002-n1.htm
 
世界の対外債務国ワースト20をグラフ化してみる:Garbagenews.com
http://www.garbagenews.net/archives/1195325.html
 
日本のソブリン・リスクに備える運用|山崎元のマネー経済の歩き方|ダイヤモンド・オンライン
http://diamond.jp/articles/-/8262
 
しかし、こういうのもあります。パスポートを持って逃げるのが意外と正解かも!?
www.さとなお.com(さなメモ): 続・日本のパスポートは最強らしい
http://www.satonao.com/archives/2010/06/post_2938.html
日本SUGEEE!

8月
2010
13

香港旅行における買い物付きツアーのビジネスモデル その2

昨日書いた香港旅行における買い物付きツアーのビジネスモデル その1に続き、ツアーの感想をビジネスモデル的観点で振り返ります。
 
20100813IMG_0486.jpg
 
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8月
2010
12

香港旅行における買い物付きツアーのビジネスモデル その1

先日の香港3泊4日ツアーはH社のツアーを利用しました。
これは飛行機とホテルがセットになっており、2日目に無料ツアーがついています。
 
渡航先によっても事情が違うと思いますので、いまから書くことは香港に限った話かも知れませんが、
無料ツアー付きパックの特長を書いておきたいと思います。
 
 
午前中の無料ツアー内容
滞在先ホテルまでバスが迎に来てくれて、朝食と昼食がついています。
日本語ガイドがついており、ツアー自体はとても満足がいくものでした。
コースは日本を出る前から予め決まっていたのですが、同行した香港人の現地ガイドさんは柔軟な対応をしてくれる方で、
旅行客の行きたいところを優先にコース変更とか、滞在時間の変更などの対応をしてくれました。
先日の日記にも書きましたが、今回の滞在で行きたかった香港の赤柱(スタンレー)は無料ツアーには含まれていなかったので
個人で行くつもりにしていましたが、フタを開けてみると無料ツアーに含まれていたので自分たちで行く必要が無くなりとても助かりました。
 
買い物ツアーの悪夢
これは大きな誤算でした。ショップを4件もハシゴされて、かなり疲弊したことは先日の日記で書きましたが、
これほどの時間を拘束されるのならば、無料ツアーなしのプランを探した方が良かったかなと思いました。
商魂たくましい中国人だから、これほどひどい行程になったのかも知れません。
ただし、あまり無料ツアー付きパックを使ったことが無いので僕は他国のことはよく分かりません。
 
1件目のジュエリーショップでは、郊外の工業地帯に連行され、地下駐車場みたいな暗いところで降りて
裏口ぽい小さい扉から出入りしました。
普通にバス乗っていると、どこに連れていかれたのかまったく分かりません。
しかし建物内は立派なジュエリーショップになっており、接客しているスタッフは全員日本語を話せます。
僕らがショッピングをしている時間内にもJTBや他の日本人ツアーの一行がつぎつぎとやってきて、
かなりの賑わいを見せていました。
 
この建物の中にジュエリーショップがあります。
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建物の中の誘導路まで乗り入れて、バスを降りるとすぐに入り口があるので、建物の外に出るチャンスはありません。
20100807IMG_6753.jpg
 
 
2件目の絹織物の店でも、先程みた日本人ツアー一行がいたので、どの旅行会社でも買い物コースは
だいたい決まっているんでしょうね。
 
この2件目の絹織物の店は、買う気がなければ隅っこでぼけっとしていればそれで済まされましたが、
3件目の漢方薬の店はけっこうあからさまでした。
小さい教室に連れていかれ、ツアー客11人が着席したまわりをスタッフ(7人)が取り囲み、
講義形式で漢方薬のありがたいお話を30分くらい聞きました。
それが終わったあとは販売ワゴンがやってきての購買タイムとなり、逃げられない僕らにまわりの
スタッフが執拗に話しかけてきます。
なんとか興味を引き出そうといろいろ話かけられましたがじっと耐えました。
漢方薬の薬瓶は、だいたい一瓶1万円くらいするものが多かったです。
 
4件目のDNSギャラリアは大型の免税店というのもあって、個人に対する粘着行為はありませんでした。
入店後解散にしてくれたので、興味ない人はすぐに脱出することができました。
1件目の店~4件目の店まで、だいたい3時間くらいかかりました。興味の無い人にとっては苦痛な時間となります。
 
これらの4つの店にだいたい共通する傾向は、
・ほとんどのスタッフが日本語可能
・入り口が小さい。バスから直接乗りつけるような感じなので特に外から目立たなくても良いということか。
  (目立たない方がいいのかも?)
・入り口からは出られず、出口はまた別のところにある。
・日本円での買い物もちろんOK
・写真撮影禁止
・購買対象は中年女性を照準にしてるっぽい。
 
このことでどういう効果を狙っているかというと、
・外との接触を遮断することで、正常な金銭感覚を失わせる。
・断れない日本人の性格をうまく利用している。
・日本円も使えるので、「現地通貨持ってない」という言い訳ができない。
・写真撮影されると割高な値段設定がバレる可能性があるので許可しない。
 
午前中の無料ツアーで、朝食昼食つき、ガイド料などを考えると1人6000円~8000円くらいのコストが
かかってると思います。
採算性を考えると、4万円程度は買い物でお金を落としてもらう必要があると思いますので、それくらいの
おみやげは日本人観光客は買っているんでしょう。
 
しかし、日本人観光客は近年減少傾向にあると思いますので、このビジネスモデルはだんだん苦しく
なってきていると思います。
逆に増加している中国人旅行客にとっては、香港で買うより地元で買った方が安いので、中国本土で買える
ものはわざわざ旅行中に買わないでしょう。
これらのことを考えると、この無料ツアーはおそらく日本人観光客限定であり、日本人観光客相手でないと
成立しない仕組みなので、他の国からの旅行客に対してこういう仕組みのツアーは組まれていないのでは
ないかと思います。
将来性があるかどうかはともかく、日本人観光客の特質を捉えたうまいビジネスモデルだなと思いました。
 
無料ツアーについては他にまだ書きたいことがあるので次回に続きます。

8月
2010
11

海外パケット定額についてまとめ

今回の香港旅行でソフトバンクの海外パケット定額を使ったので、それについて書いておきます。
 
海外パケット定額は特に事前申し込みをしなくても使えました。
定額プランが使える国の一覧はこちらにあります。
現地についたらソフトバンクから自動的にメールが来て、海外パケット定額が適用されたことを知らせてくれます。
逆に、パケット定額を使いたくない人は、安易に携帯の電源を入れたらそのまま何もしなくても繋がっちゃうので電源入れない方がいいんでしょうか… そのへんはよく分かりません。
しかしこういう対応はSoftBankは早いです。夏休みに合わせてサービスインするところもニクい。
 
IMG_0466.PNG
 
 
海外パケット定額が適用されない国に来たときや、別のキャリアに繋ごうとしたときは、警告メッセージが届きます。
マカオではパケット定額対象外だったので、このメールが届きました。
IMG_0492.PNG
 
 
海外の通話やデータ通信はどのキャリアでもできますが、まだまだ料金が高いです。
これからはこの高額課金がだんだん見直されて、どの国にいっても気軽に携帯が使える時代になるでしょうね。
海外でGoogleマップなどのオンライン地図を使えば、迷うことも少なくなりますし、移動がスムーズになります。
特に、海外でバスに乗ったときは、どの停留所で降りたらいいか分からない場合が多いので、バスの中で自分が今どの辺りを移動しているかが分かると非常に便利です。
 
 
お財布ケータイで海外の鉄道が乗れたらさらに便利になるんじゃないかと思います。
都市部の鉄道はどんどんICカード用の改札が増えてきてますし、端末側は同じICチップで流用が効くはずですので、ケータイにMobile Suicaみたいなモバイル用アプリをインストールしたら、その国の交通機関が全部使えるみたいな仕組みがあれば非常に便利ですよね。
日本で売っている国産のケータイはほとんどの機種でお財布ケータイ機能がついていますが、これらのケータイは海外で使われてないので、海外用のモバイルアプリが開発される可能性はあまり見込めません。
でも、AndroidやiPhoneなど世界的に流通している端末にお財布ケータイ機能が載ってきたら、これは十分実現の可能性があるのではないかと思います。
 
買い物についてはクレジットカードですでにだいたいのことができます。
現地通貨に両替しなくても買い物はできるし、極端な話、現地通貨を持っていなくてもカードがあればなんとかなります。
それと同じ発想で、多機能モバイル端末があれば、切符いらない、ガイドブック(地図)いらない、辞書いらないなどの仕組みができたら便利です。
そして究極は「通訳いらない」でしょうね。
Googleが出来てまだ10年しか経っていないことを考えると、こういう仕組みは意外とあと10年くらいでできちゃったりする気がします。

8月
2010
3

テレビ買いました その2

一昨日のエントリの続きです。
 
購入したPanasonic VIERA TH-L37R2はネット接続機能がついています。
ネットに繋げられるものはなんでもネットに繋げてしまうのが僕の習性なので、さっそく繋げてみました。
 
無線LANアクセスポイントは設置しているのですがもう5年くらい前のもので古く、300Mbps出る最新のIEEE 802.11nに対応してないものだったのでこれを機にこちらも買い換えました。親機と子機(イーサネットコンバータ)がセットになったものを買い、子機の方をテレビに繋げます。
 
 
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7月
2010
22

人間模様

最近みたエントリから、人間模様が垣間見えるものをいくつか。
 
三角コーナーが原因で疎遠にされました : 家族・友人・人間関係 : 発言小町 : 大手小町 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
http://komachi.yomiuri.co.jp/t/2010/0612/322488.htm
いろんな人がいますよね。でもそういう人もいて社会は成り立っている!
 
 

家に帰ると妻が必ず死んだふりをしています。 – Yahoo!知恵袋
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1243817632
まぁ新鮮な家庭で良いのではないかと。新婚さんにお勧め?
 
 

悩みのるつぼ–朝日新聞6月13日
http://toriomega.blogspot.com/2009/06/blog-post_17.html
この記事を紹介していたまなめはうすでは

女子生徒に惚れてしまう男子教諭の悩み。こう回答した回答者も、これを掲載した朝日新聞も。衝撃。

と評していましたが、こんな記事載せるなんてすごいなぁと僕も思いました。

6月
2010
24

英語化が加速してきましたね。

三木谷浩史・楽天会長兼社長――英語ができない役員は2年後にクビにします(1) | インタビュー | 投資・経済・ビジネスの東洋経済オンライン
http://www.toyokeizai.net/business/interview/detail/AC/810ee47297d49033c2a4b43a0a5216e0/
 

ユニクロ:新世界戦略 英語公用化…12年3月から  - 毎日jp(毎日新聞)
http://mainichi.jp/select/biz/news/20100624k0000m020123000c.html

ここに来て相次いできましたね。企業の英語化。
いつかくるだろうなと思っていましたが、この調子では意外と早くその時代はやってくるのかも知れません。
僕も英語は上達したいと思っていて、細々とですが続けています。なかなか上達しませんが。ていうかもっと必死になってやらんといかんのかな…
もっとペースを上げないといけないんでしょうね。

「英語なんてできなくても、いままで日本語で仕事できてきたんだから大丈夫」という人もいます。そのへんの考え方は人それぞれです。
順調に航行していたが燃料がなくなって、やがて止まってしまう運命にある日本丸に乗り続けるか、自分の泳ぎを身につけて陸に上がろうとするかの違いなんだろうと思います。

4月
2010
25

心斎橋にある串焼き屋「旨肉酒房 かぁぶ」

先日、23年ぶりに小学校時代の友人S君と会ったのですが、その話が発展して、また別の小学校時代の友人I君とT君と会うことになりました。最近は小学校時代の思い出がマイブームです。

 

で、I君が勤めている心斎橋の串焼き屋で食事することに。

人が賑わう心斎橋筋商店街から少し入ったところにある、ビルの1Fということで、それなりに人通りのある場所に立地しているのかなと思ったのですが、これまたビルの中の通路が迷路みたいになってて、その一番奥にありましてw

これ初めて来る人は絶対迷う… そして辿りつけなくて引き返すんちゃうかなと思いました。

 

実は串焼きという食べ方は初めてです。

つまりは、焼肉のように自分が焼いて食べるんではなくて、牛肉を焼き鳥のようにして出してくれる形式ですね。

 

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最後の鍋うまかったっす。

 

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しかし、僕らが帰る間際まで他のお客さん入ってこず… そりゃこの迷路みたいな立地では仕方あるまい…

でも味は確かだし、安いと思うので、穴場といえば穴場と思います。

 

で、久しぶりにあったI君とT君は、やはり面影はあまり変わっておらず、それぞれ苦労しながらも波乱万丈な生き方をしてきたようでした。

まさか高校で留年してたとは… まさか高校で茶髪にしてたとは…

赤江珠緒キャスターが同じ学年にいたということも初めて知りました。

 

古い話をしていたら、「あいつはいまどうなってる?」てのがすごく気になりますね。また違うゲストを呼んで会いたいなぁ。

 

 

 

 

4月
2010
17

兵庫県立西宮北高等学校

僕が卒業した西宮北高校は「涼宮ハルヒの憂鬱」の舞台となった高校なのですが、無断立ち入りについての警告文が出ていることを今日GIGAZINEで知りました。

 

無断立ち入りは犯罪行為、「涼宮ハルヒの憂鬱」の舞台となった高校が警告文を掲載 – GIGAZINE
http://gigazine.net/index.php?/news/comments/20100416_haruhi_suzumiya_nishikita_hs/

 

 

北高舞台のPVも出てるんですね…

僕が卒業したのは1993年で、その後阪神大震災があって当時の校舎は取り壊されました。

PVに映っている校舎はその後立て替えられたものであり、僕はまったくその中に足を踏み入れたことはないのですが、

4’22” あたりに出てくる運動場横の体育会系部室は当時のままですね。

僕は陸上部だったので、この部室を使って活動していました。

 

 

 

まぁ、アニメの舞台になったのは僕が卒業してからの話ですし、作者の方にも会ったことはないので、関係無いといえば無いのですが、

なんだか自分の高校が紹介されるだけで誇らしくなりますね。

4月
2010
13

道頓堀へは阪神電車1本で

 

道頓堀にある、美人のおかみさんがいる銀平で食事しました。

Web界隈でお世話になっている方々のつてで宴会に呼んでいただきました。

 

 

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高かったけど、ここのお魚はおいしかった!

17:30まで三ノ宮で仕事してまして、そこから駆けつけましたけど、去年から難波へは阪神電車一本で行けるようになりましたので、たいへん便利です。

 

 

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人生の大先輩の方々のありがたいお説教?

僕はまったく歴史に詳しくないのですが、蒋介石が日本を救ったとか、

日本人たるもの日本書紀や古事記は読んでないといかんとか

いろいろお話を聞いたような気がしますが、酔ってたのであまり覚えてません…

 

いつもの会社のつきあいで行く宴会と違って、

カメラマンの方とか、ネットショップ経営、マッサージ店経営の方とかいろいろな方々が集うこういう飲み会は

自分にとって、とてもエキサイティングです。

去年mixiで知り合ってから、異業種交流に呼んでいただけるのはほんとにありがたいです。

 

自分より年輪を重ねた方のお話は自分にとって知らないことばかりだし、考え方もまた自分とは違うので、新しい発見があります。

経営者の方が多い会だったので、どういう風に世の中を見ているのかなどとても参考になりました。

 

同時に僕は、この席で大学院を出たけれど就職が見つからなくて困っているK君へのアドバイスをする任務を仰せつかっていたので、

彼にもいろいろアドバイスしてあげました。

ていうか去年ほとんど仕事が無かった僕がアドバイスできるのか甚だ疑問でしたけど…

 

就職戦線、ほんまに厳しいみたいです。未経験じゃ採ってくれない、かといって最初にキャリアを積ませてくれる会社が見つからない。

じゃあどうしろというのか。八方ふさがりです。

こうやってロストジェネレーションは量産されていくんですね。腐って行きつく先はニートやフリーター。

 

まぁでも何かしといた方がいいと思うので、とりあえず、

「基本情報処理資格でもとっとけ」

「Webサービスでもフリーソフトでもなんでもいいから、「○○作りました」と言えるものを作りなさい」

あたりアドバイスしときましたが…こういうケースではどういうアドバイスしたらいいんですかねぇ…

大前研一氏の本をプレゼントしておきましたが、何かの役に立つかも知れません。

4月
2010
10

小学校時代の友人S君と23年ぶりに再会した

昨日、小学校時代の旧友に会いました。

卒業してから1度も会ってなかったので、実に23年ぶり。これほど年月を経た再会は初めてです。

 

正直、小学校時代の記憶なんてほとんどもう忘れてて、今回会ったS君のこともmixi同級生でつながるまでは忘却の彼方でした。

 

そもそも小学校~高校まで、同窓会もなくここまで来ましたので、再び昔の友人を思い出すということもあまりありませんでした。

僕は大学は北海道に行って地元を離れてしまいましたので、それまで少しつきあいがあった少数の友達ともそのときパッタリ途切れてしまいました。

社会人になってからは、大学時代の友人は逆に東京か札幌に集中し、関西圏にいる僕は少数派なので、なかなか会うこともありません。

 

久しぶりに会ったS君は、ええおっさんになってました。

でも、小学校時代に見た彼の面影も残していました。街ですれちがったら気づきませんが、あらかじめ待ち合わせていれば気づくかなと思いました。

 

彼と会話しているうちに6年4組のことも次第に思い起こされ、ああ、小林くんていう子もいたなーとか、小坂さんかわいかったなーとかの話で、次第に当時の情景が頭に浮かんできました。

 

23年という年月は、小学生当時の12歳の約2倍の歳月です。その歳月の間に中学校、高校、大学を卒業して、会社入って、いろいろ悩んで、会社辞めて、時代をさまよって今を生きてきたわけです。

当然その年輪は本人の人格を再度形作るのに十分な期間なのですが、小さい頃からの人となりというものは不思議と受け継がれているもんなんですね。

僕の中での記憶にあった小学校時代のS君をそのまま35歳にしたイメージを会う前に思い描いていたのですが、そのイメージとまったく別人という訳ではなく、当たらずも遠からずという感じでした。

 

小学校の同級生も、この歳になったら地元に残っている人は少なく、特に僕らの地元西宮は阪神大震災を経験していますので、当時の仲間が同じ場所に住み続けているケースはあまりありません。

ですので、こうやって地元で再会をはたせるというのはとても恵まれたことだと思います。

 

今35歳。十分に僕らは成長して、もう人生の進むべき道はほとんど決まっています。

たとえば極端な話、もう医者に転職することやプロ野球選手になることは叶いませんから、このまま行ったらどういう人生を送ることになるかは僕自身もある程度想像つきますし、S君の将来も自分のイメージと大きく外れることはないと思います。

でも、四十、五十は鼻タレ小僧なんて言葉もありますから、僕も彼も、お互いこれからどうやって時代を生きていくのか楽しみではあります。

まだまだこれからから、一旗あげたいものですね!

 

今は人生の折り返し点かなーと思ったときに、次は70歳という区切りを思い起こすのですが、このとき会う小学校の同級生はどうなっているでしょうか?

以下のようなケースで再会した場合に、事前にどんな姿を同級生に思い浮かべ、会ってみてどういう驚きがあるのか、チャンスがあれば試してみたいものですw

・35歳で再会 → 70歳でまた再会

・70歳まで一度も会わずに再会

 

とにかく70までは生きますよ僕は。ばあちゃんは65歳、オヤジは57歳で他界しましたけどね。

4月
2010
10

@honeytomato のブログがWEBデザインギャラリーサイトに掲載された件

 

去年、MixiのWeb製作者系Off会で知り合ったMidoriさんのブログがWebデザインギャラリーに掲載されています。

以前、僕のブログでも紹介しましたが、すごくセンスのあるデザインでかわいらしいです。

WordPressで作っていますが、ここまでデザインできて、テンプレートも使いこなせているので、独立しても十分やっていけるんじゃないかと思います。

今後も活躍してはばたいていってください。

 

まだ若いのに立派やなぁ…

僕もデザイン力あればなぁ…

 

 

20100331WS000012